米国におけるエンジェル・ファイナンス(5): Convertible Equity

第2回第3回第4回の記事では、Convertible Note(コンバーティブル・ノート)の仕組みや長所、問題点について検討してきました。今回の記事では、Convertible Noteに代替するエンジェル・ファイナンスの方法として発展してきたConvertible Equity(コンバーティブル・エクイティ)およびSeries Seed Finance(シリーズシード・ファイナンス)について考えていきます。

Convertible Equity(コンバーティブル・エクイティ)

シードラウンドの資金調達方法として広く用いられてきたConvertible Noteの持つ簡便さを維持しながらも、上記で述べたような問題点を解消するためにConvertible Equityが開発されました。

Convertible Equityとは、Convertible Noteから返済期限と利息を取り除いたものであり、現在では、Y CombinatorによるSAFE(Simple Agreement for Future Equity)や500 StartupsによるKISS(Keep It Simple Security)等が広く浸透しています。

以下では、SAFEを例にConvertible Equityの仕組みを説明することとします。

Convertible Equityの利点

Convertible Equityの利点としては、

① Convertible Note同様、簡便であり、実質的に唯一交渉が必要な事項はバリュエーション・キャップのみであること

② ひな形の利用による標準化が可能であること(Y Combinatorは、バリュエーション・キャップ及びディスカウントの有無により4種類のSAFEのひな形を提供しています)

③ 満期による償還の必要性がなく、倒産状態に陥るリスクがないこと

等が挙げられます。

SAFEの仕組みはConvertible Noteと大幅に変わらない

SAFEは、元本の満期及び利息が存在しないという点を除いて、Convertible Noteと大幅に変わるところはありません。

対象会社が将来優先株式を発行して資金調達をする際には、SAFEは優先株式に転換されます。SAFEの転換価額については、キャップを用いて計算されるというのがスタンダード・フォーマットとなっており、バラエティとしてキャップ及びディスカウントが両方用いられている、ディスカウントのみ用いられている、又はいずれも用いられていないバージョンがあります。

キャップ及びディスカウントが両方用いられている場合、SAFEの転換価額は、新たに発行される優先株式の発行価額からディスカウントされた額、又はキャップに基づいて算出された額のいずれか低い額となります。

また、いずれも用いられない場合は、新たに発行される優先株式と同一価格で、同一の優先株式に転換されます(但し、次回の資金調達前に新たにより良い条件のSAFEが発行されることになった場合は、当該SAFEと同条件に変更される最恵国待遇条項(Most Favored Nation Provision)が付されています)。

SAFEによるLiquidation Overhangの解決

Pre-money Valuationがキャップを上回った場合、SAFEは、キャップの金額に基づいて算出された低い転換価額によって優先株式に転換されます。

しかし、エンジェル投資家に発行される優先株式のLiquidation Preferenceは、SAFEに拠出した投資額と同額に限定され、そのような優先株式はシリーズA-1(サブシリーズ)と呼ばれます。このような限定をすることによって、第4回で述べたLiquidation Overhang(残余財産分配が過剰に支払われること)の問題をクリアすることができます。

一方、Pre-money Valuationがキャップを下回った場合、キャップは適用されず、SAFEの転換価額は、シリーズAで発行される優先株式の発行価額と同額となり、Liquidation Preferenceも同条件となります。

SAFEの転換後

SAFEから転換されたシリーズA優先株式を保有することとなったエンジェル投資家は、優先株主として、次回の資金調達におけるPre-emptive Right(先買権)を通常有することになります。

このような権利は優先株式の発行時点での書面やサイドレターに規定されますが、ごく少額のエンジェル投資家にもPre-emptive Rightを付与されることを防ぐため、一定の金額以上を拠出したエンジェル投資家にのみPre-emptive Rightを与えることを規定することもあります。

シリーズAの資金調達が起こらず、合併などのCorporate Transactionが生じた場合、SAFEの保有者は、SAFEをバリュエーション・キャップに基づいて算出される転換価額で普通株式に転換するか、供出した金額を返還してもらうことを選択することができます。

Series Seed Preferred Stock(シリーズシード)

Convertible Noteの代替として、Convertible Equity以外にSeries Seed Preferred Stock(シリーズシード優先株式)が用いられることがあります。

Convertible Equityのデメリットを解決

Convertible Equityの投資家にとってのデメリットとして、シリーズAの資金調達が行われず、解散や清算にも至らない場合には、投資金額が回収できないという点が挙げられます。

Convertible Equityはあくまでも負債的な特徴を有するものであり、Convertible Noteよりもシンプルである(返済期限と利息がない)以上、投資家にとってはより望ましくない側面があるともいえるのです。

シリーズシード優先株式(Series Seed Preferred Stock)とは、シード段階で優先株式をエンジェル投資家に発行するものですが、シリーズAにおける優先株式よりも交渉事項を少なくしたひな形を用いた簡便なドキュメンテーションで行われます。

また、キャップなどを交渉する必要がないため、Convertible Noteと同等もしくはそれよりも少ない交渉時間が見込まれるというのが利点とされています。

発行会社にとっては、キャップやディスカウントが付されたConvertible Noteのようなエコノミクス上の不安定要素がなく、エンジェル投資家にとっては、Liquidation Preferenceなど一定の権利が保護され、また税務処理上一定のタックスメリットを得ることができます。

Series Seed Preferred Stock投資時点で、バリュエーションについては交渉・合意する必要がありますが、そもそもシード段階でのバリュエーションは通常極めて低いので、投資家と発行会社との間でバリュエーションの合意が容易である場合には、活用を検討するに値する選択肢といえます。

シリーズシードのテンプレートも存在する

公表されているタームシートのテンプレートによれば、Liquidation Preferenceは投資金額と同額(1x)であり、普通株式への転換請求権(Conversion)、普通株式と同様の議決権(Voting Rights)、経営情報を入手する権利(Information Rights)、先買権(Participation Rights)、取締役選任権、将来の権利変更(Future Rights)(シリーズAの優先株式が発行されることになった場合は、当該株式と同条件に変更される)などが規定されています。

しかし、ドキュメンテーションが複雑になる希薄化防止条項(Anti-dilution)は規定されていないため、通常のシリーズA優先株主よりも権利は少ないものとなっています。