米国におけるエンジェル・ファイナンス(1)

はじめに

米国では、起業家に対してシード段階で資金を供与する投資家をエンジェル投資家といい、エンジェル投資家らによるファイナンスの手法としてポピュラーなのはConvertible Noteです。

Convertible Noteは、通常の投資で用いられる普通株式や転換権付優先株式が有する欠点を克服するものですが、同時にそれ自体にも欠点があります。そこで近年ではConvertible Noteから返済期限と利息を取り除いたConvertible Equityが用いられています。

日本では、Convertible Note類似の新株予約権付社債やConvertible Equity類似の新株予約権が設計され、実際のシードファイナンスにおいて徐々に利用され始めています。また、日本の投資家が米国のConvertible Noteに出資する事例も増えています。

そこで、米国におけるConvertible Note及びConvertible Equityの特徴や経済的条件の説明をするとともに、その長短を論じることとします。

エンジェル投資における株式出資の欠点

米国におけるベンチャー・ファイナンスにおいては、主に優先株式が利用されるため、エンジェル投資においても同様に、優先株式を用いることが選択肢として考えられます。

しかし、エンジェル投資段階における優先株式による投資にはいくつかの欠点があります。

バリュエーションの合意が困難

優先株式で出資する場合、投資家の持分・株式数を決定する必要がありますが、そのためには会社のバリュエーションを決定する必要があります。

例えば、創業者が100株の普通株式を保有しており、エンジェル投資家が1万ドルを拠出すると仮定すると、Pre-money valuationが3万ドルであれば、Post-money valuationは4万ドルとなり、エンジェル投資家の持分は25%(株数は33株(33/133=25%))となります。

Pre-moneyが4万ドルであれば、Post-moneyは5万ドルとなり、エンジェル投資家の持分は20%(株数は25株)となります。

しかし、シード段階で対象会社のバリューを算出し、合意することは困難です。

契約上の条件を交渉する手間・費用がかかる

基本的に投資金額が小規模のエンジェル投資において、多額のトランザクションコストをかける意味は通常ありません。なぜなら、そのようなコスト(例えば1万ドル)をかけることにより投資価値が1割増加すると仮定すると、そのコストを回収するためには10万ドル以上の投資をする必要があるからです。

さらに言えば、エンジェル投資の金額にかかわらず、トランザクションコストをかける意義・価値は通常のVC投資よりも低くなります。

エンジェル投資の後、完全に事業が失敗した場合には費用対効果はゼロになります。また事業が成功してVC投資を誘い込めたとしても、VCは新たな優先株主として自己の利益を保護するための有利な契約条項を求めてきます。

したがって、エンジェル投資における優先株式の条件交渉にかかる費用対効果は長く続かないことになります。

優先株主が自己の利益を保護するためには、経済的権利及び投資対象会社の運営に関する事項を契約上規定する必要があります。優先株式の投資契約書は数十ページにも及び、投資家・起業家双方に弁護士を立てるとなると、リーガルフィーだけでも1万ドル以上かかってきてしまいます。

普通株式を用いることの問題

2000年以前は米国のエンジェル投資においても普通株式が広く利用されていました。

普通株式の場合は、優先株式と違って、ドキュメンテーション上の負担は大きくありませんが、Liquidation Preferenceなどの契約上のプロテクションがありません。エンジェル投資後に優先株式が発行される場合、普通株式は、残余財産分配権(Liquidation Preference)などの権利内容において優先株式に劣後します。

また、優先株主が支配権を有する場合、Liquidation Preferenceに近い価格でエグジットを決定されてしまうと、普通株式を有するエンジェル投資家は、エグジットの際の分配にあずかることができなくなります。

例えば2000年代前半のITバブルの崩壊により、エンジェル投資家はリターンをほぼ享受できませんでした。ITバブル崩壊後しばらくの間VCは1倍以上のLiquidation Preferenceを確保するなど、普通株主の利益を犠牲にすることで自己の利益を保護する傾向が強まりました。

そこで、優先株式によるダウンサイドプロテクションと普通株式のシンプルさを併せ持った投資手段として、Convertible Noteが利用されることになりました。