フル・ラチェット(Full-ratchet)条項
フル・ラチェットとは、シリーズA優先株式の転換価額が、そのあとに発行された普通株式や転換権付優先株式の発行価額まで下方修正されるというものです。NVCAのモデル定款においては、以下のような規定が置かれています。
シリーズA発行日以降、シリーズAの転換価額を下回る価格で、追加の普通株式(転換権付証券含む)を発行した場合、シリーズAの転換価額は、その発行と同時に、会社がその発行により受け取る払込価格にまで減少します。ただし、追加の発行への対価がゼロであった場合は、[$.001]を受け取ったものとみなされます。
議決権や配当権が完全希薄化後ベースで付与されている場合、フル・ラチェット条項がトリガーされた結果、例えば転換比率が1:1から1:2になると、優先株主の議決権や配当権も2倍に増加するなるため、普通株主の権利に多大な影響が生じることになります。
フル・ラチェット条項の効果
創業者が普通株式を4百万株、A社がシリーズA優先株式を1百万株(投資金額1百万ドル) 有しているとします。当初の転換比率は1:1とします。
次に、B社に対して、何らかの理由で、シリーズB優先株式1株だけを$0.25で発行したとします。シリーズA優先株式にフル・ラチェットの希薄化防止条項が規定されていると、シリーズAの転換価額は$0.25に下方修正され、シリーズA優先株式は4百万株の普通株式に転換することができます。
仮にシリーズB優先株式のフェア・バリューが$100.25であった場合、シリーズBはフェア・バリューの0.25%という超低廉価格で発行されたことになります。既存株主全体(創業者及びA社)の経済的価値は$100、B社に移転することになります。A社は、B社への株式発行以前は20%の持分を有していたので、$20の(経済的な意味での)希薄化が生じることになります。
しかし、フル・ラチェット条項の発動によりシリーズAが普通株式に転換されると、A社は約50%の持分を有することになるため、企業価値全体(2百万ドル+0.25ドル)のうち、30%を追加で入手することができます。シリーズAに1百万ドル出資したA社は、$20の希薄化のみで、追加的に約60万ドルの価値を得ることができるのです。
フル・ラチェット条項は、このようなドラスティックな効果を生じさせるため、実際の案件ではほとんどみられないものです。